仏教には五戒(ごかい)と呼ばれる、5つの戒があります。
不殺生戒(ふせっしょうかい)、
不偸盗戒(ふちゅうとうかい)、
不邪婬戒(ふじゃいんかい)、
不妄語戒(ふもうごかい)、
不飲酒戒(ふおんじゅかい)の5つです。
今回はその中の「不飲酒戒(酒を飲まないこと)」のお話を、させていただきます。
◇
あるところに、とても真面目な修行者がいました。
ある日、友人が遠方から訪ねてきて、家に泊まることになりました。
泊まった次の日、友人は町へ用事があると、1人で出掛けました。
修行者は残された友人の荷物の中に、妙な壺があるのを見つけます。
気になって、ふと、センをはずしてみると、中からとても芳醇で、良い香りがするではないですか。
修行者はその香りに誘われて、ちょっとだけ中身を嘗めてみました。
とても甘い。
おいしい。
ついつい、ちょいと、嘗めて飲んでをするうちに、すっかり好い気分になって、酔っぱらってしまいました。
壺の中身はお酒だったのです。
そこへ、隣家のにわとりが、垣根を越えて入ってきました。修行者はふらっと立ち上がって、その首をギュッっと、しめて、殺してしまいました。
しばらくすると、こんどは、隣家の娘がウロウロと、にわとりを探してやって来ます。修行者は、その娘を家の中に誘い込んで、とうとう、乱暴してしまいました。
気づいた娘の親が官(警察)に通報して、修行者は役所(警察署)に連行されます。取り調べを受ける修行者ですが、「知らぬ、存ぜぬ」と、どうしても白状しませんでした。
この修行者は、これでついに、五戒のすべてを、犯したことになりました。
第1に不飲酒戒を、
第2に不偸盗戒を、
第3に不殺生戒を、
第4に不邪婬戒を、
第5に不妄語戒をーー
この真面目な修行者が、どうしてこんな大罪を犯すにいたったかといえば、酒を飲んでしまったからとなるでしょう。
◇
このように経典には、酒がいかに、個人にとっても、社会にとっても、有害であるかを、懇切丁寧に戒めてあるのです。
しかし、酒に全ての罪があるわけではありませんし、酒だけが人間を酔わす悪いものというわけでもありません。
酒を飲まなければ良いのなら、麻薬で酔っぱらうのは良いのでしょうか?
脱法ドラッグで酔っぱらうのは良いのでしょうか?
酒ではないので、不飲酒戒に入らないのでしょうか?
逆にアルコール度数の少ないお酒はどうなるのでしょうか?
お酒の入ったお菓子は?
甘酒は?
料理にお酒を使うものはいくらでもありますし、アルコールさえ飛んでいればOKなのでしょうか?
アルコールが入っていなくても、酒と名がつけばアウトなのでしょうか?
逆に酒と名がつかない、般若湯ならセーフなのでしょうか?
そもそもアルコールで酔っぱらうのではなく、アルコールを分解する時に出る、アセトアルデヒドが有害なのであって、体質差もあり、酔う人、酔わない人がいて、アルコール自体に罪があるのか?ないのか?どうなのか……?……?
このややこしい疑問の答えとして、山田無文老師は著書の中でこう示されています。
『酒のために正気をうしない、家庭や社会に、害毒を流し、ついには身を亡ぼしてしまうことを、如来は、ひとしお不憫に思われて、「酒を飲むな」と、きびしく戒められたのであります。
そこで、飲まれるというだんになれば、ただ、酒ばかりではありません。
われわれはじつに、いろいろなものに飲まれ、酔い狂うて、はたから見る目も、おかしいほど盲目的になり、無自覚になるものであります。
色欲に飲まれ、財欲に飲まれ、空想に飲まれ、名誉心に酔い、文学に酔い、哲学に酔い、思想に酔い、神や仏にさえ酔うて、いっさいの自主性をうしなってしまうのであります。
そして、正しい理性と判断を、失くしてしまうのであります。
大乗仏教では、広い意味において、これらの泥酔者を、すべて不飲酒戒を犯すものと申すのであります。』
酒でも何でも酔っぱらってはいけないのです。
酒は飲んでも飲まれるな。
酒を飲まなくても、酔っぱらうことはあるのだと知りましょう。
自分に酔っていませんか?
思想に酔っていませんか?
欲望に酔っていませんか?
快楽に酔っていませんか?
仏教の戒は、「絶対に酒を飲むな」と言っているわけではありません。
現在はストレス社会です。たまに気分転換に飲む分は良いでしょう。
しかし、酔っぱらわないようにしなくてはいけません。
酒を飲もうが飲むまいが、「前後不覚に酔っぱらって、仏さまの教えを忘れないようにしなさい」と、不飲酒戒は戒めているのです。
『あらゆるものに』対して、酔わないように、酔いすぎないように、気をつけていきましょう。
参考文献
無文老師の三分法話(第3巻)
同朋舎 (1982/7/1)
山田無文(著)
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